『フランシス・ハ』

【解説】
 監督作「イカとクジラ」や共同脚本を手がけた「ライフ・アクアティック」「ファンタスティック Mr.FOX」でのウェス・アンダーソンとのコラボなどで知られる俊英ノア・バームバック監督が、前作「ベン・スティラー 人生は最悪だ!」でヒロインに起用したグレタ・ガーウィグとのコラボで贈る青春コメディ。ニューヨークを舞台に、プロのモダンダンサーを夢見ながらもままならない日々を送る大人になりきれない27歳のヒロイン、フランシスが周囲の人々と織り成すほろ苦くもユーモラスな等身大の人間模様を、モノクロ映像で軽やかに綴る。
 ニューヨーク・ブルックリンで見習いモダンダンサーをする27歳のフランシス。親友のソフィーとルームシェアをして、それなりに楽しく毎日を送っていた。しかし、まだまだ若いつもりのフランシスに対し、周りはどんどん変わっていく。やがてダンサーとしての行き詰まりを痛感し、またいつしかソフィーとの同居も解消となり、ニューヨーク中を転々とするハメになるフランシスだったが…。(allcinema より)


■それが例えば月に1本であっても、映画を観るためにいろいろと時間をやりくりするような状況にもなると、映画館で見る予告編ひとつにも必要以上に喰いついてしまう。


「全米で異例の大ヒット!モダンダンサーを夢見るフランシスの、ちょっとビターな等身大ニューヨークライフ!」
「ハンパな わたしで 生きていく。」

モノクロ画面でのオシャレ女子のやりとりをヌーヴェルヴァーグ*1のようなカット/テンポで見せた上に主題歌はD.ボウイの『モダン・ラヴ('83)*2』。
まったく現代の時勢にも今の自分にもマッチするような要素なし(そもそも女子じゃないし)。
しかし監督は『イカとクジラ('05)*3』のノア・バームバックだからそんなに単純な物語ではない予感。

結論として、“やけに気になる、観たい!”という気持ちになり、公開2日目の日曜、息子をデイサービスに送って急いで映画館*4に駆け込んだ。

■映画は、上記のキャッチコピーそのままの、【主人公の半径2メートル映画】。
映画の視点は主人公フランシスの主観/周囲から外れることなく、トリッキーな時系列ずらしも映像マジックもなく、会話と編集のリズムが90分*5を小気味よく刻んでいく。

■フランシスは、大学は出ているが定職にはついていない、モダンダンスカンパニーの研究生。
長い手足、革ジャンが似合ういかつい肩幅、美人ではあるが色気はない。*6
大雑把な性格で、裏表はないが、“何者にもなりきれていない自分”と“27歳”という年齢とのせめぎ合いによる焦りのため、周囲と少しズレてしまう。
それでも、不器用ながらも人嫌いではなく、人とかかわることを求め続ける。
故郷のサクラメントに帰れば自分を受け入れてくれる両親はいる。
ただ、どうすれば自分が求める“何者か”に近づけるのか、その探し方もわからず、常に歩き回り、時には走り、止まることなく動きつづける。

*7

■[芸術家・業界人の卵とのルームシェア][ダンスカンパニーのクリスマス公演でのキャスティング][パリでの旧友との再会][立食パーティでの要人のお世話係への抜擢]といった、普通の映画なら主人公のチャンスのために活かされるイベントにも、フランシスはことごとくチャンスを外し続ける。
ただ、その外し方が玩具の「だるま落とし」のように、ストン、ストンと一段ずつ綺麗に落ちていくのがこの映画(脚本)の味噌。
また、フランシス自身の描かれ方も、周囲とズレるキャラクターではあるが、好感が失われないように大事に描いている。例えば、居候先のカンパニーの知り合いでの夕食会で周囲が富裕層/インテリ層ばかりになり、たちまち彼女は話題に窮してしまう。酒に酔った勢いもあり、彼女が周囲に吐露するのは自身の恋愛観。「私が出会いに求めるのは本当に特別な二人だけの空気、だから私は恋ができないのかも」というあまりに唐突で幼い吐露が、彼女をチャーミングに思わせる。
「雨降って地固まる」ということわざのように、フランシスが落ちていくステップにも小さな意味とつながりがあり、最終的に彼女を待ち受ける出来事には、彼女にちいさな拍手を送りたくなる。

■ラストシーン、さまざまなできごとの末に一皮むけたフランシスは、独り立ちを記念して、それまではできなかったある行動を行う。
その行動の顛末(だるま落としの最後のパーツが落ちる瞬間)に、絶妙のタイミングでかかる音楽。
映画のタイトルの意味が判明する鮮やか幕切れは、『モダン・ラヴ』の疾走感とともに至福感を心にもたらしてくれる。

「ガーウィグは、観客に安っぽい共感を求めない。他の役者を押しのけて自分だけを注目させようともしない。むしろ彼女は、余計な感情表現や小手先の技を避け、ひたすらキャメラの前に「存在」しつづけようとする。すると、観客も彼女を忘れられなくなる。変な女、と思いつつ、その可愛らしさや明るさやたくましさに惹かれてしまう。」

芝山幹郎コラム:「フランシス・ハ」とふらふら人生の幸福

*1:全編モノクロで描かれていることについては、監督がインタビューにてヌーヴェルヴァーグへのオマージュであることを示唆している。物語を転がすための最低限のアイテムとしてスマホMacは登場するが、映像をモノクロにすることにより具体的な年代の特定性が失われ、普遍性を帯びた物語となったことが結果的に良かったのではないか、と僕は思う。

*2:監督のノア・バームバックは69年生まれ。フランシス役のグレタ・ガーウィグは1983年(曲と同じ年)生まれ。インタビューによると、監督が初めて買ったレコードの曲が『モダン・ラヴ』だそうだ。

*3:イカとクジラ』なんてどれだけ見た人がいるのか…かくいう自分もDVDで観たけど細かいところは覚えていない。それでも「ううむ」と前向きに唸るような作品だったことは感触として覚えている。

*4:八丁堀の新生サロンシネマに始めて足を運んだ。シート別に記されている映画の台詞は殆ど何の映画かは判らないけれど、ロビーのドーム天井の宮崎祐治さんのイラストは何の映画か9割がたは判った。

*5:この尺の短さも、観に行こうと思った理由のひとつ。この歳になると「しっこ問題」とどう対峙するかが切実な問題である。

*6:自分はこういうタイプの女性のほうが好きだけどなぁ。自分も“非モテ”だからなのか。

*7:「これってカラックスの『汚れた血('86)』だよね」とうちの奥様が映画後に指摘してきたが、全然覚えていない。『ポンヌフの恋人('91)』の映画公開に併せたリバイバルで『汚れた血』は観たけれど、映画の印象自体、残っていない。同時上映だった『ボーイ・ミーツ・ガール('83)』のほうは印象に残っているけれど。http://youtu.be/7zSWE3G-fc0