『クライング・ゲーム』『モナリザ』

この数日間、性(さが)というものについて考えている。
ひとが大事な局面に直面した際に出てくる判断や行動のよりどころとなっているもの、
あるいは時として通常の言動との矛盾や乖離が大きく、人を悩ますものについて。

この概念を意識したのは、25年前、映画『クライング・ゲーム』(1992)より。

【解説】 アイルランド、川辺りの移動遊園地。そこに出会ったばかりの男女がいた。イギリス軍黒人兵士ジョディと、ブロンドの女ジュード。遊園地を出ると女は男を誘い、2人は抱き合ってキスを交わす。と、その時、男の頭上で拳銃の撃鉄を上げる音がした。慌てて見上げるジョディ。するとそこには、銃口を向けた男が立っている。驚く間もなく彼は、数人の男に押さえつけられると顔に袋を被せられ、いずこかへ連れ去られた……。人質となった英軍兵士とIRA闘士との束の間の友情。英軍兵士の遺言に従ってロンドンで出会った謎の美女。危険で甘美なラブ・サスペンスとしての側面と、男の友情や人間としての在り方を描いた、ニール・ジョーダン監督による秀作。映画作家であり、また小説家でもあるジョーダン監督らしく、文学的でありながら小粋で洗練された会話、そして的確な演出、多彩なストーリー展開と、卓越した手腕がいかんなく発揮され、アーティスティックでありながら極上のエンタテインメントに仕上げられている。ボーイ・ジョージの歌うこの映画のテーマ曲と、才優フォレスト・ウィテカーの魅力溢れる秀逸の演技が印象的。(allcinemaより)


映画の「起」の部分、IRAに誘拐された英軍兵士のF.ウィテカーが、IRAの見張り役のS.レイに「サソリとカエルの話」を語る。


ある時、サソリが川を渡ろうとして、カエルに背中に乗せて運んでくれるよう頼んだ。
カエルは断った。“だめだ。だって君は僕を毒針で刺すだろう?”
サソリは言った。“そんなことはない。だってそんな事をしたら、僕まで溺れてしまうから”

カエルは納得して、サソリを背中に乗せて川を渡り始めた。

しかし川の真ん中で、カエルは背中に痛みを感じ、サソリに刺されたことに気付いた。
カエルは叫んだ。“なんで刺したんだ?” “溺れると判っていながら”
サソリは答えた。“止められなかったんだ。それが僕の性だから(“It's my nature”)


映画においてこの言葉はその直後のF.ウィテカーとS.レイの関係性に大きな影響を与え、ウィテカー死去後の展開においてはウィテカーの恋人J.デヴィットソンとS.レイの互いへの関わりを示す言葉となっていく。



この映画の公開時にリバイバル上映された『モナリザ』(1986)にも、この“性”というエッセンスが大きく関わっていた。

【解説】 高級コールガールの運転手になった刑務所帰りの男ジョージ。彼はシモーヌというコールガールから、行方の分からなくなった妹分の捜索を依頼される。調査をするうち、ジョージは次第にシモーヌに惹かれていくが……。夜のロンドンを舞台にしたミステリアスなアクション。タイトルは、ナット・キング・コールの同名ヒット曲から採られた。(allcinemaより)

ニール・ジョーダン監督が両作品を通して語るのは、道ならぬ恋に堕ちてしまった主人公の苦悩である。
惚れてしまった相手の正体に気づいてしまってもなお、一度傾いた心はもう制御はできない。
相手に翻弄されながらも、そのために自分にふりかかる苦難を越えながらも、自らの心を相手に捧げようとする。
それが自分の性だから、あるいはその性を受けいることが運命なのだから、と。
それがただの哀しい自己満足であろうと。


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「過去と他人は変えられない。しかし未来と自分は変えられる」
自己啓発のキーワードとして、むかしから用いられる言葉だ。


自分を変えるとは、まったくの新しい自分になるということではない。
自分を縛る殻の中から、もともとの自分を発見し、抜け出すことだ。


人はみな、外面と内面を持ち合わせている。
あるいは、「なりたい自分」と「もともとの自分」を。
そしてその両面が一致していることはそう多くない。
言動不一致のジレンマにひとが苦しむのはそのためだ。


「今まで悩んだけれど、結局これが自分なんだ」
「自分にはこういうやり方しかできない(生に合わない)」


それを悟り、自覚し、まわりに理解してもらうことでしか、きっと苦しみは解けない。


川に沈んでいったカエルとサソリにとっては不幸なことだ。

カエルに対して道連れを求める権利はサソリにはない。

しかし、サソリを背中に乗せた時点で、カエルはサソリの性(さが)を受け入れる覚悟が実はあったのではないか。

そんな哀しいハッピーエンドをつい考えてしまう。

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