『WALL・E』@Tジョイ出雲

【解説】
人類に見捨てられた地球で700年もの間コツコツと働き続ける孤独なゴミ処理ロボット“WALL・E(ウォーリー)”の健気で純粋な姿を綴るディズニー/ピクサー製作の感動ファンタジー・アニメ。ある時目の前に現われ恋をしたロボットの危機を救うため宇宙へ旅立つウォーリーの壮大な冒険を描く。監督は「ファインディング・ニモ」のアンドリュー・スタントン
人類が新たな入植地を求め宇宙へと去ってから長い年月が経つ29世紀の地球。そこでは700年間、一体のゴミ処理ロボットが人間たちの残したゴミを独り黙々と片付けている。そのロボットの名はウォーリー。長い年月の中で、次第に感情が芽生えていった彼は、ゴミの中から宝物を見つけてはコレクションすることをささやかな楽しみにしていた。そんなウォーリーの前にある日、ピカピカのロボット“イヴ”が現われる。彼女の気を惹こうとコレクションの1つ“ヒョロっとした植物”を見せるウォーリー。だがその瞬間、イヴは動かなくなり、宇宙船にさらわれてしまう。実は、彼女には地球の運命を左右する重大な秘密が隠されていた。ウォーリーはイヴを救うため、未知なる宇宙へ旅立つのだが…。
allcinema onlineより)

映画の導入部は60年代ミュージカルの陽気で美しい歌声*1をバックにした、恐ろしいほど高密度で実写にしか見えないCGによる荒廃した都市の描写。かつての高層ビルの谷間にはガウディのサクラダ・ファミリアのような土色の高層建築物も姿を見せている。時間をおかず主人公WALL・Eの日常が描写され、ガウディ風建築物の正体が明らかになるあたりで、”俺は本当にものすごい映画を観ているのではないか”という興奮に涙がこぼれた。

WALL・Eは廃棄物処理ロボットとして設定されているが、その活動の本能は幼い子供(あるいは初期の人類)と同じく【収集】と【創造】だ。汚れたぬいぐるみや壊れた人形、朽ちはてた文明のかけらをコレクションとして自分のヤードに大事にしまい、かつて人類が天への憧れからそうしたように廃棄物で高い塔や地上絵を創造する。
彼は数百年間のあいだ一人だったけれど”孤独”ではない。だってずっと一人だったから。誰もいない地球で800年前のミュージカル映像を観ながら、”ダンスって楽しいのかな?””【手をつなぐ】ってどういうことだろう?”と全く違う世界に少しだけ胸をときめかせている。
そして手をつなぐことのできる相手が現れたとき、はじめて彼は”独り”の意味を知ることになる。天から現れたクリオネのような白い妖精のようなロボット、EVE。クリオネが採食時に全身で相手を捕食するように、EVEは美しいフォルムに秘めた絶大な破壊力でWALL・Eをガクガクブルブルさせる”破壊的な彼女”になる。それでも空から現れたはじめての自分以外の存在(ペットのゴキブリは別として)に胸をときめかせ距離を近づけていこうとするWALL・E。このあたりの描写は【スラップスティック/異文化ギャップ・コメディ】でもあるけれど、それ以上にWALL・Eのけなげさ:ヤードの中をクリスマス用の電飾で光らせ、これまで集めたコレクションをEVEにつぎつぎに披露する彼の無邪気さに泣いた。
EVEが地球にやってきた目的はある”ゴクヒメイレイ”のためであり、WALL・Eとのやりとりの中で少しずつその内容が明らかになっていくのだが、その目的を果たした彼女はスリープモードとなってしまい、WALL・Eは本当の意味で”独り”になってしまう。動かないEVEのそばでWALL・Eは、彼女を守り、いつか観た映画のシーンのような様々な”地球でさいごのふたり”を演出する*2

やがてEVEを迎えにきた宇宙船にWALL・Eはつかまり、広い世界、もとい外の宇宙に飛び出す。茶色い世界以外に初めて目にする、燃え立つプロミネンスや星々のきらめきの美しさーこれは現在存在するCGアニメ技術の最高レベルの美しさでもある。そして宇宙船が到着する巨大な母船の中で、それまで全く描かれていなかった人類の姿が明らかになる。 ここからの描写は一見ユーモラスではあるけど70年代のバッドエンドSF映画のようなディストピア観やJ.カーペンターの『ゼイリブ』のような情報洗脳社会のブラックユーモアが溢れ、『まぼろしの市街戦』のように○○○○なロボットたちが混乱に乗じて解放されるシーンもあり、スピーディな演出に乗せて前半とはまた違うジャンルの映画となる。
WALL・EによるEVE争奪戦の混乱の中で人間側のキーマンが次第に人間性を取り戻していくところ/新しい地球の”アダムとイブ*3”的な存在が登場する辺りでだんだんとこの映画の落としどころが予想できてくるのだけれど、人類の希望を謳うハッピーエンドよりはロボットたち(またはごく限られた人間だけ)だけが生き残るブラックな終わり方をしても充分傑作になるのではないか…と思いながらも映画は『2001年宇宙の旅*4』になり『タイタニック』になり、笑いあり涙ありのアドベンチャーを介してクライマックスを迎える。
※ここからネタバレとこじつけ的苦言。
後半の宇宙編でWALL・EではなくEVEをメインに動かしているのがストーリー展開の妙であるが、WALL・Eを助けることと”メイレイ”との間でのEVEの葛藤、そしてEVEの”メイレイ”遂行のために自己犠牲をいとわないWALL・Eのやさしさが、結果としてこの映画の観客にとって彼ら(ロボット)のミッションが成功するかどうかの求心力となってしまっているのは脚本の欠点だと思う。
宇宙船の中で過ごす人間サイドから観ると、[それまで快楽(という名の堕落)を味わってきた彼らがわざわざ荒れ果てた地球に帰る]必然性や欲求が希薄なのだ。宇宙船の中では[自動生産により必要なものは全て入手でき、ひょっとしたら安楽死による人口調整や食料維持のための『ソイレント・グリーン』]的なシステムも存在しているかもしれないし、地球に関する百科事典からの知識程度で艦長(人間)の[帰巣本能が目覚める]のも説得力が弱い。だからクライマックスのスペクタクル/アクションには、[「人類が地球に帰るために頑張って!」]という大義への感情移入ではなく[「赤ちゃんが危ない!」とか「WALL・Eが潰されちゃう!早くして艦長!」]といったキャラクター限定レベルの感情移入しか実際にはしていなかったのだ。・・・あくまで鑑賞後に反芻する中で気づいたことですが*5
ラストシーン。[宇宙船を地球に帰すためにボロボロになり機能停止]したWALL・Eを[思い出のヤードの中で賢明に修理]するEVE。WALL・Eは[再起動するが、EVEとの記憶を全て失なった、ただの廃棄物処理ロボットに戻ってしまった。もうそんな作業をする必要もないのに]。この場面で号泣しつつ、このまま終わっても充分傑作だよなぁ・・・と思ったけど、やはり映画は[【愛の力】]でハッピーエンドへ。お約束に少し苦笑しつつも、エンディングの、ピーター・ガブリエルによる主題曲とアニメーションの素晴らしさに満足。最後の最後に現れる映像が、フルコース料理の最後の甘いデザートを引き締めるエスプレッソのようなほろ苦さで映画を〆てくれる。

ウォーリー [DVD]

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可能であればオリジナル音声版を観たかったのだけど、出張先の出雲のシネコンは夜でもぜーんぶ吹き替え版。デジタル上映のくせにケチケチせずに2種類やりなよぉ。でももともと主人公の二人(ニ体)は殆どしゃべらないし、何より映画の情報量が多いので字幕を追うより吹き替えで結果は楽だったかな。いちばんよくしゃべるメタボ艦長の吹き替えもいい感じ。誰だろう?と思ったら草刈正男だった。(ワイドショー的な話題にはたぶんなっていなかったと思う。)子供向けにいらん気を使ってオリジナルにはないロボットの”心の声”を喋らせるような陳腐なことはなかったけれど、劇中の英語表記のディスプレイ表記を日本語にしたりしなかったりディテールの不徹底が気になった。なにより、エンディング主題曲には訳詞を字幕に載せるべきだ。
定価の\1,800で映画を観るなんて何年ぶりだか。でも、その値段以上の価値の涙/笑い/サスペンス、そして造り手の情熱が十二分にあった。でも情報量がむちゃくちゃ多いので小さいお友達が集中して観たら途中でぐったり疲れてしまうのではないか心配。
これで今年映画館で観た映画は『ヘアスプレー』『once ダブリンの街角で』『ダークナイト』に続き4本。本数は少ないけれど満足度率はほぼ10割です。


※某所で教えていただいた、劇中でとばっちりを食らったあのロボットに関する短編(ネタバレ多し:本篇を観た人専用)
http://www.traileraddict.com/trailer/wall-e/dvd-bonus-burne

【安三様からのコメント:(2008/12/17 00:09)】
『私も息子と観てきました。昔はサロンシネマでフェリーニ3本立てとか
暗〜い東欧映画を観て斜に構えていた私が!ディズニーとか!
…と思いましたが素直に良い映画でした。エンドロールも素晴らしい。

>2001年宇宙の旅
これ軽くトラウマでした…HALこわい(・∀・;)』


【alter-m-nnよりお返事: (2008/12/17 11:49)】
『息子さんの反応はどうでしたか?
ロボットにもキ○ガイ病院があるんだよ、とかの社会勉強はできたのでしょうか…。
今おいくつでしたっけ?

>暗〜い東欧映画
「世界の傑作をお届けするバウ・シリーズ『木靴の木』」とか、相方との間では時々ネタになっています。

>トラウマ

電源を切られて狂い唄い死ぬHAL…『でーいじー…♪』
(↑日曜洋画劇場の日本語吹き替え版がオススメです)』

*1:『ハロー・ドーリー!』('69)だそうなのだが未見なので判りません。

*2:このシーンが後半で涙腺を刺激する重要な伏線となる。

*3:体系のせいでおっさんおばさんにしか見えないのだけれど、恐らくはもっと若い年齢設定なのだろう。

*4:ツァラトゥストラはかく語りき』が使われる例のシークエンスのことは事前に知っていたけど、モノアイのオートナビが反乱するあたりがキモ。よく解らないのが、オートナビが艦長命令を覆してしまう理由。【2種類のメッセージ映像】のどちらか1つをカットするだけでそんな疑問は気にならなくなったと思うのだけど。

*5:そんな目で観ると、先述の【どうにも解せないオートナビの反乱理由】も、”そうしたほうが話が盛り上がるから”という作り手側の都合にしか思えなくなってしまう。まさか”多少の抵抗/困難があったほうが人間の帰巣本能が本気になるだろうから”というオートナビ側の人類への気遣いではなかろうし。・・・誰か説明してほしい。